旧約聖書

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1115 2014/01/27 -0001/11/30

(バイブルには)高貴な詩がある。また英知ある寓話や、血なまぐさい歴史、また卑猥な表現、更には無数の嘘がある。

マーク・トウェイン、地球からの手紙、二巻

まずは、これから始めましょう。「それぞれ(全ての動物から)二匹ずつ箱舟に連れて入りなさい」それから、えーと・・・ちょっと待って。創世記619にあるように、「全ての動物から二匹ずつ」なのか、創世記72–3にあるように清い動物の内から7つがいずつ、そして清くない動物の内から1つがいずつなのでしょうか?

ふーむ。私たちには最大120年考える時間がありますから、ゆっくり考えましょう。なぜならそれは創世記63での神の約束ですから。ちょうどセムのように・・・。

おっと、悪例でした。創世記1111ではこう述べられています:「セムは五百年生き・・・」

よおし、セムのことは忘れましょう。ではノアのように・・・。あ、また間違えてしまいました。創世記929はこのように教えます:「ノアの一生は九百五十年であった。こうして彼は死んだ。」じゃあ、こうなのでしょうか?創世記63では120年の寿命が約束されたが、数節後にはセムとノアがその掟を破ったことに?

おお、ちょっと待って下さい。

旧約聖書による様々な数字を異なる角度から眺めてみましょう。創世記1616にはこのようにあります:「ハガルがアブラムにイシュマエルを産んだとき、アブラムは八十六歳であった。」創世記215では、このように記されています:「アブラハムは、その子イサクが生まれたときは百歳であった。」それでは考察してみましょう。100引く86、そして最初の10から6を引き、9引く8・・・答えは14になります。よって、イサクが生まれたときにイシュマエルは14歳だったことになります。

その数節後、創世記218では、このようにあります:「その子は育って乳離れした。」中東における乳離れは、民族的慣習に則り2年間とされます。では14に2年上乗せすると、サラがアブラハムに彼を追い出すよう命じたのは、彼が16歳のときだったということになります(創世記2110)。

まあ、いいでしょう。

ここまでは。

さらに数節後、創世記2114–19では、追放者イシュマエルが16歳の若者ではなく、無力な乳児として描かれています:

「翌 朝早く、アブラハムは、パンと水の皮袋を取ってハガルに与え、それを彼女の肩に載せ、そのおとこの子を彼女に渡して送り出した。それで彼女はベエル・シェ バの荒野をさまよい歩いた。皮袋の水が尽きたとき、彼女はおとこの子を一本の灌木の下に投げ出し、自分は、矢の届くほど離れた向こうに行ってすわった。そ れは彼女が『私はおとこの子の死ぬのを見たくない。』と思ったからである。それで、離れてすわったのである。そうして彼女は声をあげて泣いた。神は少年の 声を聞かれ、天使は天からハガルを呼んで、言った。『ハガルよ。どうしたのか。恐れてはいけない。神があそこにいる少年の声を聞かれたからだ。行ってあの 少年を抱え上げ、彼を力づけなさい。わたしはあの子を大いなる国民とするからだ。』神がハガルの目を開かれたので、彼女は井戸を見つけた。それで行って皮 袋に水を満たし、少年に飲ませた。

16歳の青年が「おとこの子」または「少年」として記述されている?当時その地域では、一般的に16歳にもなれば結婚し、家族を養いながらも二人目、もしくは三人目の子供の誕生を待つような年頃です。その年齢であれば猟師または兵士として働き、ときには王として君臨する者もありました。イシュマエルの時代、16歳は成人に等しかったのです。それでは、具体的にどのようにして彼の父親は16 歳の「おとこの子」をハガルに渡したのでしょうか?そして彼女はどのようにか弱い赤ん坊のように泣く(参考:「少年の声」)彼を灌木の下に置いたのでしょ うか?そして彼の母親は、正確にはどのように彼を持ち上げて自分の腕に抱え上げたのでしょうか?最後に、私たちは本当に、彼の母親が彼に飲みものを与えて あげなければならない程に衰弱していたと信じ込まされなければならないのでしょうか?

そうです。そこが要旨なのです。私たちが信じるよう、仕組まれているのはそこなのです。

But wait, there’s more.

しかも、まだこれだけではありません。

第二歴代誌22:2ではこのように教えられます:「アハズヤは四十二歳で王となりエルサレムで一年間、王であった。彼の母の名はアタルヤといい、オムリの孫娘であった。」ええ?42歳?これだけでは特筆すべきには思えませんが、それは第二列王記826の記述を見るまでのことでしょう。「アハズヤは二十二歳で王となり・・・」一体、どちらなのでしょうか?42歳?それと22歳?

バイブルから手がかりを見つけてみましょう。第二歴代誌21:20では、アハズヤの父であるヨラム王は40歳で死んだとあります。

えへん!

ヨラム王は40歳で死に、彼の42歳の息子によって継承されました。別の言い方をすれば、ヨラム王は自分より二歳年上の子供がいたということに…。ミッキー・マウスによれば、算数とは「君の靴を脱ぐことなく、20まで数えることが出来るようになることなんだよ。」しかし、足の指や家猫などの付加物を計算に入れたとしても、これらの数字は決して意味を成しません。論理的な結論を出そうと急ごうとすると、第二歴代誌221ではアハズヤがヨラム王の末っ子であり、来襲によってヨラムの息子たちはアハズヤ以外、皆殺害されたことが指摘されています。

よって、もしアハズヤが死別した父よりも2歳年上だったのであれば、彼の年上の兄弟たちは、彼らの父親とどれほどの年齢の差があったのでしょうか?

明らかに、第二歴代誌22:2は信頼性がなく、アハズヤが王位を継承したのは22歳だったとする第二列王記8:26が正確な説であるといえるでしょう。

さてヨラム王は40で死に(第二歴代誌2120)、22歳のアハズヤ(第二列王記8:26)によって王位は継承されました。つまり、アハズヤが誕生したときにヨラム王は18歳で、およそ17歳の時に妻を妊娠させたことになります。しかしヨラムには年長の兄弟がいた(第二歴代誌221)ため、彼は15歳もしくはそれ以前から家族を持っていたことになります。16歳で無力な少年だったと言われているイシュマエルは一体どのような立場になってしまうでしょうか。その時代、ティーンエイジャーらは既に立派な大人だったのですから。

しかし、アハズヤが42歳で王位を継承したとする第二歴代誌222に関してはどうでしょうか?

写本の模写における誤りであることに疑いありません。

しかし、問題はそこではないのです。

イザヤ書40:8では、「神の言葉は永遠に立つ。」と主張します。しかしこのような断言はたとえ微少であれ、複写の誤り、もしくはその他のあらゆる誤りを免除するわけではありません。事実、イザヤ書408に基づけば、いかなる「言葉」であれ、「永遠に立つ」ものでなければ、それが神のものであることから失格の烙印を押されることになるのです。

それは、私たちにその信頼性を問わせます。

もし「神の言葉は永遠に立つ」のであり、アハズヤの年齢に関する「言葉」が時代によるテストに合格しないのであれば、それは誰の言葉なのでしょうか?神、それとも悪魔?

この時点では、旧約聖書でさえ不確定要素が多いように見えます。

第二サムエル記241ではこのように述べられます:「再び主の怒りが、イスラエルに向かって燃え上がった。主は『さあ、イスラエルとユダの人口を数えよ。』と言って、ダビデを動かして彼らに向かわせた。」しかし、第一歴代誌211にはこうあります:「ここに、サタンがイスラエルに逆らって立ち、ダビデを誘い込んで、イスラエルの人口を数えさせた。」

えーと、どちらでしょう?主なのか、それともサタン?多少(いや完全に)違うと思いますが・・・。

個人情報窃盗とは、正にこのことでしょう

しかし真面目に言っても、こういった誤りは理解可能なのです。結局、啓示に直接立ち会うことが出来る訳ではないので、誰が誰と話しているかを知ることは難しいのです。出エジプト記3320で、神は言います:「あなたはわたしの顔を見ることはできない。人はわたしを見て、なお生きていることはできないからである。」

これです。

神の顔を見て、生き長らえることは誰にも出来ないのです。

しかし、もちろんそれはヤコブには当てはまりません。創世記3230は述べます。「そこでヤコブは、その所の名をペヌエルと呼んだ。『私は顔と顔とを合わせて神を見たのに、私のいのちは救われた。』」

それとモーゼのことも忘れてはなりません。出エジプト記3311にはこうあります:「主は、人が自分の友と語るように、顔と顔とを合わせてモーセに語られた。」

神の顔を見て生き延びることは誰一人として出来ません。

ヤコブとモーゼ以外には。

しかし神はその特例に言及されませんでしたよね?

ということは、恐らくかれは気が変わったのでしょう。

いや、それも違うのかも。

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