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子供・娘としての女性
至高なるアッラーは聖クルアーンにおいて、人間の最初の権利である新生児に対する世話と保護の重要性と、その必要性について仰せられています:
(貧困を恐れて汝らの子女を殺すのではない。われらは彼らと
汝らのため給養する。彼らの殺害は実に大罪である。) [17:31]
イスラームでは、両親が子供に美しい名前を命名し、収入に見合った適切な扶養を与えること、そして尊厳と名誉ある、適切な人生の保障を求めます。
預言者に遡る真性の伝承にはこう記されています:
“確かにアッラーは、あなた方が母親に対し不従順であること、そして感謝しないこと、または女児を生き埋めにすることを禁じられたのである・・・” [ブハーリー 1407番、ムスリム 593番]
従ってもし女性が殺害された場合、「血の代償金」が生じるのです。アッラーの使徒 (r)の妻の一人であったアーイシャは伝えています:
“フザイル族の二人の女性が喧嘩をし、一方が石を投げ、妊娠中だった相手をその胎児と一緒に殺してしまったことがありました。預言者 (r) はそれに対する血の代償を奴隷の男の子または女の子一人であるとされ、被害女性の代償金(100頭の雌ラクダ)は殺害した女性の部族によって支払われるという判決を下されました。” [ブハーリー 3512番、ムスリム 1681番]
また至高なるアッラーは、聖クルアーンにおいてこのように仰せられました:
(母親は、乳児に満2年間の授乳をする。これは授乳を全うしようと望む者の期間である。そして子供の父親は彼らの食料や衣服の経費を、公正に負担しなければならない。) [2:233]
子供の養育と扶養は、母親による授乳の次に重要な権利です。母親には、子供の性別を問わず幼少期である1〜13、14歳まで、後見人としての資格が与えられています。これは特に夫婦間の不和による離婚の際に適用されます。イスラームが子供の幼少期において母側に養育権を与えるのは、一般的には女性の方が子供の要求に対してより関心が高いという理由によります。教友アブドッラー・ブン・アムルによる伝承には、ある女性が預言者 (r) のもとを訪れ、夫のことに関して不満を述べた様子が以下のように伝えられています:
“私のお腹は私の子を胎児として宿し、私の胸は私の子に乳を与えて育て、そして私の膝は私の子を長きに渡り運びました。しかしその子の父は私から離婚したとたん、私から私の子を引き離そうと言うのです!
彼は言われました:“あなたが再婚しない限り、その子の養育にはあなたの方がふさわしい。” [アブー・ダーウード 2276番その他]
両親には、同情心をもって子供たちに慈悲深く接することが義務付けられています。教友アブー・フライラ (t) はこう伝えています:
アッラーの使徒が教友アクラア・ブン・ハービス・アッ=タミーミーの前で、(彼の孫である)ハサン・ブン・アリーにキスをした際、アクラアは言いました:“私には十人の子供がおりますが、彼らにキスをしたことはこれまで一度もありません。”
すると預言者は彼を見て言われました:“慈悲心のない者は、慈悲を受けることもないのだ。” [ブハーリー 5651番 ]
イスラーム法は、両親が子供たちを気遣い、彼らへの十分な配慮、特に女児の特別なニーズを満たすことを要求しています。
預言者はこのように述べられました:
“誰であれ、二人の少女を思春期に達するまで養育する者は、私と共にこのようにして復活の日を迎えるだろう。” そう言ってアッラーの使徒は、ご自身の二本の指を合わせてその様子を表現されました。 [ムスリム 2631番]
イスラーム法とその教えでは、両親が子供を最善の方法で養育し、健全で有益な教育を施すよう指示します。預言者 (r) はこう述べられました:
“養育される権利を持つ者を放っておくことは、その責任を持つ者にとって十分な罪である。” [ムスリム 996番]
また教友イブン・ウマル (t) は、アッラーの使徒 (r) がこのように語ったと伝えています:
“あなた方は皆指導者であり、あなた方はそれぞれ保護する者たちに対する責任を負っている。統治者は指導者であり、その市民に対する責任を負う。また男性は一家の指導者であり、彼らに対する責任を負う。そして女性もまた彼女の夫の家における指導者であり、彼女の世話するものに対する責任を負う。また召使いはその主人の富の管理者であり、彼の世話するものに対する責任を負う。あなた方は皆指導者であり、あなた方は皆自分が保護する者たちに対する責任を負うのだ。” [ブハーリー 853番、ムスリム 1829番]
イスラームはあらゆる事柄において正義を命じます。この概括的裁定は性別を問わず、全ての子供に適用されます。至高なるアッラーは聖クルアーンにおいてこう仰せられました:
(本当にアッラーは公正と善行、そして近親に対する贈与を命じ、また全ての蛮行と悪事、そして暴虐を禁じられる。かれは勧告している。必ず汝らは訓戒を心に留めるであろう。) [16:90]
また預言者の妻、そして信仰者の母であるアーイシャはこう語っています:
「ある貧しい女性が二人の少女を抱え、私の戸口にやって来ました。私は(他に何もなかったため、)彼女らにナツメヤシを三つ与えました。彼女は少女二人にそれぞれ一つずつナツメヤシを与え、三つ目を持ち上げて自分の口に入れようとしました。しかし二人の少女がそれをも要求したため、彼女は最後のナツメヤシを半分に割き、その二人に一つずつ与えました。私はその女性に感心し、そのことを預言者に話しました。彼はその話を聞いてこのように言われました:
“実に、彼女のそういった行いによって、アッラーは彼女に天国を約束された。”(またはこう言われました:)“彼女のそういった行いによって彼女を地獄から救い出された。” [ムスリム 2630番]
そして別の真性な伝承によると、彼はこう言われています:
“誰であれ、娘たちの世話に関して試みられる者は、それが地獄の炎からの覆いとなるのだ。” [ブハーリー 1352番、ムスリム 2629番]
イスラームは、両親がその子供たちに対し、性別に関わりなく感情的にも物質的にも公平な待遇をするよう呼びかけます。男児が女児よりもひいきされてはなりませんし、その逆もしかりです。
預言者 (r) は、自分の子供たちの内の一人だけにしか贈り物をあげなかった教友に対し、このように言われています:
“あなたは自分の子供たち全員にこれと同じような物をあげましたか?”
彼は答えました:“いいえ。”
彼は言われました: “アッラーを畏れなさい。自分の子供たち全員に平等にするのです。” [ムスリム 1623番]
またイスラームは孤児に対する配慮の重要性を強調します。孤児には精神的・感情的状態に大きな負の影響があります。こういった状態は、特に孤児が社会において親切にされず、世話さえ受けず、見向きもされない環境なのであれば、その子が道を外れ、堕落する可能性をもたらすのです。
こうした中、イスラームは(男女の)孤児への福祉に大きな重要性を置いてます。イスラームはまず、孤児の近親者が彼らへの良い世話を施すよう求めます。そしてもし近親者がいないのであれば、彼らの扶養責任はイスラーム国家に負わされます。至高なるアッラーは、聖クルアーンにおいてこう仰せられています:
(孤児を虐げてはならない。) [93:9]
また至高なるアッラーは、聖クルアーンの中でこのようにも仰せられています:
(孤児の財産を不当に貪る者こそは、腹の中に火を食らう者。やがて彼らは業火で焼かれるであろう。) [4:10]
また預言者はこのように言っています:
“実に、私は(社会的)弱者の有する権利の重大さを宣言する。それらは孤児と女性のものである。” [ハーキム 221番、タバラーニー]
ここで彼は、たびたびその権利を否定されている、これら双方の社会的弱者に対しての不正や危害は大罪であることを示しています。
預言者 (r) はこのように述べられています:
“破滅をもたらす七つの大罪を避けるのだ。”
教友たちは尋ねました:“アッラーの預言者よ!それらの罪とは何でしょうか?”
彼は言われました:“崇拝行為においてアッラーに他者を配すこと、魔術の実践、正当な理由のない殺人、利子の取り立て、孤児の富をむさぼること、戦場からの脱走、貞節で無実の女性信仰者に対する不貞の告発である。” [ブハーリー 2615番、ムスリム 89番]
その他多くの預言者の伝承でも、信仰するムスリムに対し、孤児の保証人となること、世話をすること、親切にすること、そして愛情や同情心を示すことなどが奨励されています。例えば、彼 (r) はこのように述べられています:
“私と孤児の後見人は、楽園でこれら二つのようになるのだ。” そう言って彼は、自分の人差し指と中指を示されました。[ブハーリー 4998番 ]
またイスラームは、自分たちには全く罪がないにも関わらず、婚外関係によって生まれたため、両親に認知されずに見捨てられてしまった、いわゆる非摘出児の福祉に関しても配慮を示しています。イスラーム国家にはそういった子供たちの扶養責任があり、彼らは孤児と同じように手厚く保護され、社会の一員として一般的なよい生活が出来るように支援されます。預言者 (r) は慈悲心に関する概括的裁定として、このように述べられています:
“あらゆる生き物に対して(の善行により)、報奨が与えられるのである。” [ブハーリー 2334番]
イスラーム法は父親(もしくは後見人)が娘の婚姻に際し、彼女の意見を考慮することを義務付けています。彼女の合意は婚姻の合法性に欠かせない要素であるからです。彼女の結婚は強制されてはならず、彼女は候補者による申し込みを受け入れるか、または拒否するかを自分で選ぶことが出来ます。
預言者 (r) は言われています:
“離婚歴のある女性または寡婦は、許可ない限り結婚されてはならないし、合意のない限り処女とは婚姻関係を結んではならない。”
人々は尋ねました:“アッラーの使徒よ、彼女の合意とはいかなるものですか?”
彼は言われました:“彼女の沈黙である(つまり恥じらいによるものであり、不承認の意志を示さないこと)。” [ブハーリー 4843番]
またイマーム・アハマドらは、アーイシャ (y) がこのように言ったと伝えています:
ある女性が預言者(r)を訪れて言いました:
“アッラーの預言者よ、私の父は自分の社会的地位を上げるため、彼の甥と私を結婚させました。”
預言者 (r) はこの問題に際し、結婚を合意するか拒否するかについては彼女自身が決断をするよう委ねました。すると女性は言いました:
“私の父が行なったことについては合意をしますが、私は別の女性たちに対し、彼女らの父親にはそういった権利(つまり結婚の強要)がないことを教えたいのです。” [アハマド 25027番]
これは娘たちがかけがえのない存在だからです。アッラーの使徒(r)は真性の伝承においてこう言われています:
“娘や少女たちを強要してはならない。彼女らは喜びをもたらす、かけがえのない同伴だからである。” [アハマド 17411番]