Search
隣人の権利
イスラームはあらゆる側面において、隣人に良くすることを命じています。至高のアッラーはこう仰いました:
-そしてアッラーを崇拝し、かれと共に何ものをも配してはならない。そして両親と近親と孤児、恵まれない境遇にある者たち、また近い隣人と遠い隣人、そして近しい仲間と旅路(で苦境)にある者、あなた方の右手が所有する者(奴隷)に対して善行を施すのだ。実にアッラーは、自惚れ屋の高慢な者を愛で賜らない。,(クルアーン4:36)
そして隣人を言葉や行いでもって害することは、禁じられています。教友アブー・フライラはこう伝えます:
「ある者がアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)に、こう言いました:“何某という女性は日中は断食し、夜中は礼拝して過ごしますが、その言葉でもって隣人を害します。”すると彼は言いました:“彼女には全く良い所がない。彼女は地獄の業火にある。”そしてまたある者が彼に、こう言いました:“何某という女性は義務の礼拝とラマダーンの断食だけ行い、何かけらかの乾燥乳を施すのみですが、誰のことも言葉で害したりはしません。”すると彼は言いました:“彼女は天国にある。”」(アフマドとアル=ハーキムの伝承)
イスラームにおいて、隣人は非常に高い地位と権利を与えられているのです。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:
「もしかすると遺産相続までさせるのでは、と私が訝るほどに、ガブリエル(ガブリエル)は私に隣人への善行を命じ続ける。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承)
また隣人を害することは、信仰の無効化にすら繋がり得ます。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:
「アッラーにかけて、(そのような者は)信仰していない。アッラーにかけて、(そのような者は)信仰していない。アッラーにかけて、(そのような者は)信仰していない。」(教友たちは)言いました:「一体誰のことですか、アッラーの使徒よ?」(預言者は)言いました:「隣人を害して安心させることがないような者のことだ。」(アル=ブハーリーの伝承)
また預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は隣人の権利について質問され、それについてこう定義づけています:
「至高のアッラーの御許で最善の伴侶とは、その伴侶に対して最善の者である。そして至高のアッラーの御許で最善の隣人とは、その隣人に対して最善の者である。」(アッ=ティルミズィーの伝承)
またムスリムは隣人に悪い目を受けても、それに忍耐強くなければなりません。そしてそのような者に対しても親切に、寛大に接するべきとされます。ある男は、教友イブン・マスウードにこう言いました:
「私の隣人は私を害し、罵り、嫌がらせをします。」彼は言いました:「行きなさい。その男があなたのことでアッラーに従わなくても、あなたは彼のことでアッラーに従うのだ。」(イフヤー・アル=ウルームッディーン:2/212)
隣人には三つの種類があります:
1) 親戚の隣人:この類の者は三つの権利を有します。つまり親戚としての権利、隣人の権利、そしてムスリムとしての権利です。
2) ムスリムの隣人:この類の者は二つの権利を有します。つまり隣人の権利、そしてムスリムとしての権利です。
3) 非ムスリムの隣人:この類の者は一つの権利を有します。つまり隣人としての権利です。教友アブドゥッラー・ブン・アムルはある時羊を一頭料理しましたが、料理をしている者のもとにやって来るとこう言いました:
「ユダヤ教徒の隣人にはおすそ分けしたか?ユダヤ教徒の隣人にはおすそ分けしたか?私はアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞いたのだ:“もしかすると遺産相続までさせるのでは、と私が訝るほどに、ガブリエル(ガブリエル)は私に隣人への善行を命じ続ける。”」(アッ=ティルミズィーの伝承)