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サラ・ボッカー 米国出身の元女優/モデル

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1063 2015/01/28 2020/06/03

は アメリカの中部で生まれた、アメリカ人女性です。私は他の女性たち同様に「大都会」での生活にあこがれて育ちました。やがて私はフロリダ州に引っ越し、華 やかな人生を求める人々にとっての中心地であるマイアミのサウスビーチに移り住みました。当然のように、私は他の一般的な欧米人女性たちと同じことをしま した。私は外見と服装に注力し、他人からの視線をどれ程浴びれるかを自己価値の基準としました。私はトレーニングにも励み、パーソナル・トレーナーの資格 を得て、海岸沿いにある上流階級向けの住宅地に住み、露出好きなビーチの常連となり、きらびやかな人生を送るようになりました。

数年が経ち、私は自己達成の基準と幸福さは「女性らしさ」をアピールすればする程どんどん下がってくることに気が付きました。私はファッションの奴隷でした。私は自分の外見に束縛されていたのです。

自 己達成とライフスタイルのギャップが開けば開くほど、私はアルコール、パーティー、瞑想、社会活動、新興宗教などに捌け口を求めましたが、それらによって 小さなギャップが巨大な谷間のように広まるのを感じただけでした。やがて私はそれらが問題解決ではなく、鎮痛剤の役割しか果たしていないことに気付きまし た。

フェミニス ト・自由主義者として、またより良い世界を追求する活動家として、私の道は人類の改革と正義を無条件に追求していたある活動家のそれと交差しました。私は 当時、選挙改革や市民権などの活動を行っていたその人物に、自分の新たな師として仰ぎました。そうして、私の活動は根本的に異なるものとなりました。一部 の層のみに対して選択的に正義を提唱するのではなく、正義、自由、敬意などの理想の本質は普遍的であり、個人の利益と公共の利益は衝突しないということを 学びました。私は始めて「人類、皆平等」が何を意味しているのかを知ったのです。しかしより重要なこととして、私は世界が一つであり、被造物が調和してい ることを気付くためには、信仰が必要であることを学んだのです。

あ る日、私は欧米において好ましくない偏見を持つ本にばったりと出会いました。聖クルアーンです。その時まで、私がイスラームについて知っていたことといえ ば、女性たちが「テント」によって覆い隠され、家庭内暴力やハーレム、そしてテロに象徴されるということだけでした。私はまず、クルアーンの様式や手法に 興味を持ち、存在、生命、創造、そして創造主と被造物の関係についての世界観に魅了されました。私はクルアーンが、解説や牧師などを必要とせず、直接心と 魂に語りかけるということを見出しました。

やがて、私は真理に到達します。それは、私の新たな自己達成の活動は、ムスリムとしてイスラームの信仰を受け入れ、平穏の中に生きること以外にはないということでした。

私 は綺麗な長衣とベールを購入し、ムスリム女性のような格好で、ほんの数日前には半袖とビキニ、あるいは「エレガント」な欧米のビジネススーツで歩いていた 近所の道ばたを歩いてました。人々の顔や売店などの風景は同じでしたが、ひとつだけ著しく異なることがありました。それは、私が生まれてはじめて感じた、 女性としての安心感でした。それはあたかも鎖から解き放たれ、自由になったかのような感覚でした。私は獲物を狙い定めるような目ではなく、驚きの眼差しを 向けられるという新たな発見に喜びました。急に、両肩から重荷が下ろされたような感じがしました。私は買い物、化粧、美容室、運動などに全ての時間を費や さなくなりました。私はようやく自由になったのです。

私は他でもない、「地球上で最もスキャンダラスな場所」の中心でイスラームを見付け出したのです。そのことは、私にとってさらに素敵で特別なことです。

最近では、政治家やバチカンの聖職者、自由主義者、人権・自由活動家らによって、ヒジャーブ(スカーフ)の着用は女性の抑圧であり、社会の統合への障害であるとして非難されています。エジプトの政府関係者はそれを「後進性の象徴である」とまで主張します。

い わゆる人権団体などの一部の人々が、特定の国家が女性への服装規定を課すと、女性への権利侵害だと主張しながらも、それらの「自由戦士」たちは女性たちが 就職の機会や教育の権利を剥奪されていることからは目をつむり、ヒジャーブを被る女性たちに対してだけそのように振舞っていることはあからさまな偽善行為 だと思います。

私 は現在もフェミニストですが、ムスリム女性が良きムスリムであるよう、彼女らが夫に奉仕する責任を果たすことを呼びかける、ムスリム・フェミニストです。 そして彼女らが子供たちを誠実なムスリムとして育て、彼らを再び全人類にとって導きの光とすることです。それはあらゆる善を命じ、あらゆる悪を禁じること であり、真実を語り、あらゆる悪に対して声を上げることであり、そして私たちの創造主をご満悦させるため、ヒジャーブ着用の権利のために戦うことなので す。しかし、ヒジャーブを着けるということを理解する機会に恵まれなかった女性たちに、私たちがヒジャーブを着けることの意味と、そしてなぜそのことにと てもこだわるのか、ということを私たちの経験談を通して分かってもらうことも、同じくらい重要なのです。

意 図してかせずか、女性たちは事実上、世界中のあらゆる場所とあらゆる通信手段によって、「殆ど何も着けない」スタイルを広める集中攻撃に晒されています。 元非ムスリムとして、私はヒジャーブとその徳、そしてそれが女性の人生にもたらす幸福を知る権利を要求したいのです。過去に、ビキニは私の自由の象徴でし たが、実際それは私の精神性、そして尊厳ある一人の人間としての真の価値から私を遠ざけていたに過ぎませんでした。

私はサウスビーチでビキニを脱ぎ捨て、「魅惑的」な欧米のライフスタイルから脱却し、創造主と平穏な関係を築けたこと、そして他の人類同様に価値ある人物として人生を謳歌していることについて、これ以上ない程に喜びを感じています。

今や、ヒジャーブは女性が自らを開放し、人生の目的を見出し、創造主といかなる関係を持つのかを示す、新たなシンボルなのです。

イスラーム的な謙虚さを表すヒジャーブに対する固定概念に酷く凝り固まった女性たちに、私はこう言いたいです。「あなたたちはまだ何も分かっていないのよ」と。

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アッラーの使徒ムハンマドの後援サイトIt's a beautiful day